| 習志野フィルハーモニー管弦楽団 創立から25周年までのあゆみ・ハイライト | ||||||||
| 1969年 8月<創立> | ||||||||
| 旧習志野一中音楽室にて小学生も交え16名で最初の音出し。指揮は上野学園大学の高橋正夫先生。 | ||||||||
| 1970年 1月 | ||||||||
| 習志野市成人式で初演奏。この時、千葉大、市川交響楽団、上野学園などからエキストラ多数。 | ||||||||
| 1970年10月 | ||||||||
| 記念すべき第1回定期演奏会。座席数360の習志野市民会館で、ベートーヴェン「交響曲第1番」他 | ||||||||
| 1971年 | ||||||||
| 練習場を菊田公民館(京成津田沼駅最寄り)に移す。正団員は40名に。 | ||||||||
| 1972年 | ||||||||
| 初めて県事業に参加し、市外の印西町、野田市で演奏。活動の場を広げる。団員60名。 | ||||||||
| 1974年 7月 | ||||||||
| 第10回定期演奏会で初めて、我が国第一線で活躍中の指揮者、伴有雄氏の指導を受ける。 | ||||||||
| その後、市内に在住することになる伴氏を当団の音楽監督として迎え、技術面、運営面で指導を受ける。団員60名。 | ||||||||
| 1974年11月 | ||||||||
| 県文化会館における習志野市制20周年記念演奏会に出演。指揮/伴有雄氏、ピアノ/深沢亮子氏。 | ||||||||
| 1976年 1月 | ||||||||
| 伴先生の提唱で初めてニューイヤーコンサートを開催。[習志野市民会館] | ||||||||
| 1976年 9月 | ||||||||
| 「混声合唱団たかね」演奏会に賛助出演し、モーツァルト「戴冠ミサ」で合唱曲を初めて経験。[千葉市民会館] | ||||||||
| 1976年10月 | ||||||||
| ウィーン・フィルの主席奏者二人(フルートのウェルナー・トリップ氏、クラリネットのアルフレード・プリンツ氏)を迎え、 | ||||||||
| 特別演奏会開催。両人が伴氏の友人であったことから実現したもの。 | ||||||||
| 1976年11月 | ||||||||
| 全日本アマチュア青少年文化祭に日本アマチュアオーケストラ連盟代表として出演。[東京・日生劇場] | ||||||||
| 1978年12月 | ||||||||
| 団員待望の「習志野文化ホール」完成。開館記念にベートーヴェンの「第九交響曲」を2回にわたり演奏。 | ||||||||
| 指揮/伴有雄氏、団員100名を超す。以後、同ホールを定期演奏会会場とする。 | ||||||||
| 1979年 5月 | ||||||||
| 我が国チェロ界のトッププレーヤー岩崎洸氏を迎え、ドヴォルザークの「チェロ協奏曲」を演奏。指揮は伴有雄氏。 | ||||||||
| 1979年11月 | ||||||||
| 創立10周年記念演奏会でブラームスの交響曲第2番他を演奏。指揮は伴有雄氏。 | ||||||||
| 1980年11月 | ||||||||
| 第20回定期演奏会では、国際的指揮者・大町陽一郎氏を迎え、シベリウス「交響曲第2番」他を演奏。 | ||||||||
| 1981年 1月 | ||||||||
| ウィーン音楽の第一人者・大町氏の指揮とお話で、ウィーン・フィルのスタイルによるニューイヤー・コンサート開催。 | ||||||||
| 1981年 6月 | ||||||||
| 千葉県出身の若手指揮者・野口芳久氏を迎え、初めて日本の作品、伊福部昭の「交響譚詩」をプログラムに。 | ||||||||
| 1982年12月 | ||||||||
| 市主催第5回「習志野第九演奏会」に出演。当団としては2回目の「第九」。指揮/伴有雄氏。 | ||||||||
| 1983年 6月 | ||||||||
| 第25回定期演奏会は団員出身の指揮者・田久保裕一氏の文化ホールデビューとなる。 | ||||||||
| チャイコフスキー「交響曲第4番」他。 | ||||||||
| 1983年11月 | ||||||||
| 第26回定期演奏会は千葉大教授で作曲家の水野修孝氏の指揮による、チャイコフスキー「悲愴交響曲」他。 | ||||||||
| 白熱的な演奏になった。 | ||||||||
| 1984年11月 | ||||||||
| 創立15周年記念第28回定期演奏会は、音楽監督・伴有雄氏最後の指揮となった。 | ||||||||
| 曲は氏が最も好きな曲の一つと言っていたシューベルトの「交響曲第9番<グレート>」。 | ||||||||
| 1985年 7月 | ||||||||
| 長年当団の音楽監督としてレベルアップをはかっていただいた伴有雄氏が54歳の若さで急逝された。 | ||||||||
| 1985年 9月 | ||||||||
| バッハ生誕300年記念特別演奏会では、団員のソロを中心にプログラムを編成。 | ||||||||
| 1985年11月 | ||||||||
| 伴有雄氏追悼演奏会となった第30回定期演奏会では、山岡重信氏を初めて迎え、ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」他。 | ||||||||
| 1986年 3月 | ||||||||
| 県内のアマチュアオーケストラが集う「千葉県オーケストラフェスティバル」を習志野フィルが中心になって開催。 | ||||||||
| レスピーギ「ローマの松」他。指揮は尾高忠明氏。[千葉県文化会館] | ||||||||
| 1987年 3月 | ||||||||
| 習志野フィルとしては初めての企画「オペラコンサート」で、我が国トップ歌手、ソプラノの佐藤しのぶ、テノールの田口興輔の両氏 | ||||||||
| をゲストに、合唱団を加えたオペラアリア集。指揮/加納明弘氏。 | ||||||||
| 1987年12月 | ||||||||
| 市主催第10回「習志野第九演奏会」に出演。ソリストは地元から起用。指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1988年 6月 | ||||||||
| 県民の日記念コンサート。ショスタコヴィッチ「交響曲第5番」他。指揮/野口芳久氏。団員120名。 | ||||||||
| 1989年 7月 | ||||||||
| 創立20周年記念第36回定期演奏会。ベルリオーズ「幻想交響曲」他。指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1990年 3月 | ||||||||
| 文化ホール主催事業で初めてオーケストラ・ピットに入りオペラに挑戦。ビゼーの「カルメン」上演。 | ||||||||
| 青山智英子氏、砂田直規氏、他。指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1990年 6月 | ||||||||
| 我が国指揮界のホープ、十束尚宏氏を迎えた第38回定期演奏会は、ドヴォルザーク「交響曲第7番」他。 | ||||||||
| 1991年 3月 | ||||||||
| 文化ホール主催事業の第2弾、モーツァルト没後200年記念「レクイエム」を演奏。指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1991年 7月 | ||||||||
| 第40回定期演奏会では、ベルリン・フィルのコンサートマスター・安永徹氏をゲストコンマスに迎えて、 | ||||||||
| リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」他。指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1992年12月 | ||||||||
| 市主催第15回「習志野第九演奏会」に出演。東敦子氏(Sp)他。指揮/山岡重信氏。 | ||||||||
| 1993年 6月 | ||||||||
| 第44回定期演奏会にはヴァイオリンの和波孝禧氏を迎え、ベートヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏。 | ||||||||
| 聴衆に大きな感銘を与えた。 指揮/田久保裕一氏。 | ||||||||
| 1993年11月 | ||||||||
| 津田沼混声合唱団演奏会に賛助出演。カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」を青木八郎氏の指揮で演奏。 | ||||||||
| 1994年 6月 | ||||||||
| 第46回定期演奏会。ベートヴェン「交響曲第7番」、コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」他。指揮/黒岩英臣氏。 | ||||||||
| 1994年11月 | ||||||||
| 創立25周年記念第47回定期演奏会。マーラー/交響曲第2番「復活」、超難曲に挑戦。指揮/山岡重信氏。 | ||||||||
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